ご挨拶 プロフィール 仕事 ショッピング 掲示板 郷土料理 メール Home

« 2007年07月 | メイン | 2007年09月 »

2007年08月 アーカイブ

2007年08月02日

宮崎より夏が届く

%E4%B8%80%E5%BF%83%E5%9C%92.jpg

「みさとちゃん・・・下のばあちゃんがカラスがスイカにたかっちょるばいと言うことで、行ってみたら17ヶくってしまって、2ヶだけ葉や雑草にかくれてたのが残ってるだけでした。でも2ヶももったいないので、汗をぼとぼと落としながら糸をめちゃにめちゃにはってきました。でもそれでカラスは大丈夫だけど夜にタヌキが脇から明日とろうと思ってたら30ヶとられたことがあるので、もうまこつ、たぬき、きつね、カラス、猪バカバカバカ、でも昔は何もとらなかったっちゃき、人間が山に杉植えたき、わりーちゃよ と20才のころまでは、すいかもとうきびも唐いもも何も山のたぬきや猪はせつかんかったきねーー。といいながらもはらが立ってたまらん。・・・で、ヤサイとタマゴ少しだけど本のお礼にー 急いで乱文乱筆ごめん!! 一心園のクニ子より」

 うれしくて生でぱくぱくつまんでいると、ちょうどお客さんがいらしたので、キュウリやトマトなどなどを中華風にジャッといためた。なんと力強い味よ。たぬきもねらいたくなるだろうよ。すべてのヤサイをとりだして、それぞれを袋に分けて、おみやげにしたりソースにしたり冷蔵庫にしまったりしたら、最後にありんこが出てきた。宮崎からの長距離旅行。

日時: 2007年08月02日 14:36 | パーマリンク | コメント (0)

2007年08月05日

暑さをまぎらわせるいろいろ

%E6%B5%B7.jpg

毎日暑い。

北海道に電話をしたら、知人が言う。
「そっちは暑い?北海道には夏が来ないんじゃないかって感じよ、今年は。一度も扇風機つけてないくらい。」
声の間から、涼しい風が吹いてくる。いい感じだ。
10月に来るという大きな地震の話やら、本藍のきものの話やらをして、北の空気を存分に吸って、電話を切る。

スリランカ帰りのまりこちゃんは書く。
「二年ぶりの日本はとても寒くて、早くもランカが恋しいわ。」
こうなると、もう何がなんだか。

「海に行こう。」という誘いを二つ返事で受ける。
ビールを飲んで、泳ぎ、またビールを飲んで、寝転がる。
暑いのバンザイ。

翌日は、クーラーをつけて畳にねそべり、
冷たい赤ジソジュースを飲みながら、本を読みふける。
冷房装置、バンザイ。

干した梅を太陽が照らす香り。
廊下に立ち、この実をひっくりかえす喜びよ。

そして私は頭が痛い。
昨晩、知人との再会に話尽きず、飲み過ぎたのだ。

しかし今日は、いちろうさんがフルートを吹くという。
日傘を差して、オーケストラを聞きに行った。
ニールセン(交響曲第5番)、バルトーク(中国の不思議な役人)、ラヴェル(ラ・ヴァルス)。
音楽は目で見るものでもあるのだなと、改めて思う。弦を一斉にたたく姿とか、演奏している人のうれしそうな顔とか、指揮者の背中の表情とか。
「中国の不思議な役人」は、たまにうちでもCDで聞くことがあるけど、こういう観念的な音楽でさえ、演奏している舞台を見て聞くのと、スピーカーから聞くのとは、全然違うものだな。作曲家というのは、こういう姿の視覚的要素も頭に入れながら音楽を作るのだろうか?
しかし、バルトークって、なぜかあまり聞きたくない時期というのがある。去年1年間は、聞くと具合が悪くなった。今は少し余裕があるので平気。
最後のラヴェルは、いい気持ちだったな。
会場を出ると、少しからだが軽くなっていた。

日時: 2007年08月05日 19:51 | パーマリンク | コメント (0)

2007年08月06日

純ちゃんが「おしゃれ工房」に!

51a955%252Bcm3L._AA240_


Wrap Around Robeの松下純子さんが、現在発売中の『おしゃれ工房』8月号(NHK出版)に出てまーす。
浴衣をリメイクして、ワンピースとかスカートとか、かわいらしく作ってしまおう、という企画。

私は、着物としてまだすてきに着られるじゃん!と思う大島とか結城とかに、じょきじょきはさみを入れて、そんな洋服は絶対に着たくない、と泣きたくなるようなものに変身させるおばさんきものリフォームは、犯罪に近いと思っている。
純ちゃんの服はちがう。純ちゃんの手が加わると、着物としてはすこしあわせづらいなあと思っていたものも、これ北欧の生地?え!きものなんだ、斬新ねえ。という風に、新しい息をし始める。文化に対する愛があるからだ。

今、彼女はまた1歩、次のところに進もうとしている。自分で作るだけではなく、作る方法を教えるということ。料理人と料理研究家の仕事がまったく違うように、誰にもできないものをプロとして作って売る仕事ではなく、誰にでもできる服のレシピを提示するプロ。それにはそれまでの頭を切り換えなくてはならないし、そのための技術が必要だ。寝られない夜や、乗り越えなくてはならないあれこれも、想像ができる。

この人のこれからに、私はとても注目している。今晩、21時30分からNHK教育『おしゃれ工房』に出演とのこと。うちのテレビでもうつるかしらん。楽しみだな。

日時: 2007年08月06日 06:36 | パーマリンク | コメント (0)

2007年08月07日

ピアノのふところ

 この間さんざん道に迷ってついた駅は、まともに行けば実は自転車で10分の場所にあり、その駅のすぐそばにピアニストの友人が住んでいる、ということが発覚した。
 昨日は朝のうちに仕事を済ませ、昼過ぎには帽子をかぶり、線路沿いを迷わないようにつたいながら、自転車をこいだ。あっという間に彼女のマンションにつく。あっという間!
 楽譜を渡すと、初見でさらさらと伴奏をひいてくれた。さすがである。さっきのところもう1回、もう1回、というわがままに嫌な顔せずつきあってくれ、ヘタな歌に1時間ほどピアノをつけてくれた。サンキュウ。
 彼女の家にあるグランドピアノは、ほわんと包容力のある音を出す。聞くと、それは調律によるものだそう。ふつうは、1オクターブを等分に分けて音の幅を調節する。でも、そのおじいさんの調律師は、微妙にその間隔をずらすのだそうだ(素人にはまったく分からないくらい微妙に)。だからほんの少—し音がくぐもりをもつ。はじめてその調律を受けたピアノを弾いたとき、彼女はとても驚いたという。この音のにごりはなんなのか、と。「それは嫌なものではなかったの?」と聞くと、いや逆だという。彼女のような絶対音感の強い人は、逆に「等分の音」は耳にキンキンひびきすぎて、その正しさがいつもきつかったのだそうだ。だから初めてその調律を受けたとき、ベートーベンを弾きながら、なんて気持ちいいんだろうと思ったという。例えば現代音楽や、シャープやフラットのたくさんついた複雑な曲よりは、モーツァルトなどのような、シンプルなものの方がこのピアノの音が映えるのだそう。だから一概にすべての音楽にいいというわけではないけれど、その独特な調律は、そのおじいさんにしかできない、特別な技なのらしい。私はそれを聞きながら、アフリカの楽器についての話を思い出していた。アフリカのある楽器には、わざと思い通りに音が返ってこないような仕掛けを内部につくる。人智を超えた音楽の神様を宿らせるために。
 そうしていろいろな和音をひいてもらったり、少し鍵盤に触れさせてもらったりしながら、音に耳を澄ますことというのは、味を聞くために舌を研ぎ澄ますのとよく似ているものだな、と思った。ぐっと身をゆだねる感じも。音楽と料理は、使う官能がとても近しいのではないだろうか。これからおばあさんになるまで、どれだけいろいろなことを知ったとしても、栄養素や概念ではなく、味や音が作るその空気に腰を揺らせるようでいたいな、と思った。

日時: 2007年08月07日 07:09 | パーマリンク | コメント (0)

2007年08月11日

晴れ晴れ(ハレバレ)

 ここ2ヶ月近く、ずっと肩にかかっていた仕事の撮影がようやく今週片づいた。毎日撮影をしているわけではないのだけど、その間食材におかしな問題が起こらず、滞りなく進むように、最後の収録が終わるまで、ずっと落ち着かなかった。撮影の日程もお天気次第でころころ変わるので、長い取材旅行には出られないし。だから、逆に言えば家で本を読む時間はずいぶんあったはずなのに、試しに書き出してみると大して読んでいない。だけど、読書量のすくなさを人間的欠落のようについ恥ずかしく思ってしまうのは、文学部出身の人の、っていうかわたしの癖だね(こないだ気がついた。それはそれでばかばかしいかも)。
 さあ晴れて撮影が終了をしたので(まだ原稿書きやらレシピ書きが残っていることはこの際さておき)、来週からはお盆休み。島根にも足を伸ばすつもりでいる。楽しみだわ。
 
最近読んだ本
『東西食卓異聞』高橋哲雄
『先生と私』 四方田犬彦
『人生の乞食』 四方田犬彦
『驢馬とスープ』 四方田犬彦
『女の人生スゴロク』小倉千加子
『結婚の条件』小倉千加子 
『おれにはアメリカの歌声が聞こえるー草の葉』ホイットマン 飯野友幸訳
『仏弟子の世間話』玄侑宗久×アルボムッレ・スマナサーラ
『冬の夜ひとりの旅人が』途中まで イタロ・カルヴィーノ 脇功訳
『夜にそびえる不安の塔』井形慶子
『逆立ち日本論』 養老孟司×内田樹
『日本という国』 小熊栄二

日時: 2007年08月11日 22:30 | パーマリンク | コメント (1)

2007年08月12日

冷え性からぷりぷりキャラへ

まったくもって訳が分からない。
私は長年の間、ひどい冷え性に悩まされてきた。夏といえどもソックスは絶対に手放せなかったし、いつも手足は冷えきり、毎月の痛みには転げ回った。その上、万年低血圧で、早起きは大の苦手、小学生の時から遅刻の常習犯であった。
それがである。

突然この夏から、素足にスカートなどお茶の子さいさい、毎朝5時や6時に目覚まし無しでパッと目が覚め、暑さに対してはちゃんと汗をかく、という異常事態が続いている。指の先まで熱いわよお。
何なのこれは?

そして、特筆すべきは怒りっぽくなったことだ。
これまで、からだにまともに血がまわっていないせいで、私には「怒り」という感情がまるっきり欠如していた。何か物事が起きると、悶々と考え、ストレスをためるのが関の山。それが、なんだかここのところ、しょっちゅう「むかつく」のである。

これまでに経験のないことなので、私は自分のからだに困惑している。だいたい怒りをその場でどうやって表現すればいいの?やったことがないので分からないし、うまくできない。そんなわけで今後、意味の分からない私のぷりぷりに当てられた人はごめんなさい。災難だと思ってください。しばらくしたら、私もこの体に慣れることでしょう。

ちなみに、この突然変異に影響を与えたと思われること
・ 初夏から毎日ラッキョウを食べた。
・ 2ヶ月くらいずっと梅仕事に携わっていたので、ずいぶんつまみ食いをした。
・ 4ヶ月くらい前から、早寝のまねごとを始めた(といっても12時くらい)。
・ 自力整体を2年以上毎日続けた。→しかし今になってどうして?
・ 酵素玄米を3年以上およそ毎日食べている。→同上
・ 単に世の中が冷房の温度を上げているだけ?かもしれない。

日時: 2007年08月12日 15:48 | パーマリンク | コメント (1)

2007年08月14日

島々を歩く


DSC_0184.jpg


瀬戸内海の大崎下島へ行った。
久しぶりにフェリーに乗って、近くに海の香りをかいで、浮かぶ小さな島々を眺めた。
フェリー大好き!あののろさがわたしのからだを構成するリズムとスピードだ。
この島を訪れるのは実は初めてのこと。
毎年みかんの蜂蜜を送っていただいている場所なので、一度足を伸ばしてみたかった。
空は子どもの頃の夏の青で、海は瀬戸内ならではの濃い緑、そして
沖縄ほどは鮮やかでない、だけれど、東京では見ることのない、花のオレンジ色を見た。

いくつか島を訪れて、何人かのおばあさんと会い、
83才のおじいさんから5年後に対する啓示を受け、
実家に帰り、昼寝をした。

窓の外から盆踊りの囃子と太鼓の音が聞こえてくる。
今日もビールのうまいこと。
ううっ踊りに行きたい!とからだがさわぐ。

日時: 2007年08月14日 21:32 | パーマリンク | コメント (1)

2007年08月15日

オネエチャンをする

弟の大学時代の友だちが海に泳ぎに来るというので、かんたんなランチを作ってやる。
オネエチャンというものは、いつの時代も、弟の友だちにケーキを焼いたり、ごはんを食べさせるもの、と相場が決まっている。
昨日、無人の棚でたくさん熟れたトマトを買ってきたので、夜のうちにトマトソースをつくっておいた。そしてちょうど生サンマが山ほど届いている(今年は、今が大漁なんだって)。なのでメインはサンマのトマトパスタ。あとは前菜にたことキュウリのマリネ、その辺に転がっていたカボチャで、スープ。
むしゃむしゃほおばる元気のいい若者たち。
かわいらしいこと。
そして男女は泳ぎに行った。

それにしても、西の大学生のノリって(もう彼らは大学生ではないけれど)、私が過ごした東京での学生時代の雰囲気とは全然違うからおかしいなあと思う。
まず西日本では、男は絶対的におもしろくなくてはならない。
常に会話にユーモアと自分落としが必要である。
女子は適度につっこみ、また場を盛り上げる能力が不可欠だ。
その機転たるや!
東が目だとしたら、西は口である。
口で物事を味わう人たちは、肉感的だ。
見た目の雰囲気にはだまされない。
商売の成り立ちが、西と東とでは全然違うのも、よくわかる。
ああ私のような口のとろいもの(食べること以外ね)は、東へ行ってよかったと思う。

それにしても今日はものすごい日照り。
お昼は家でごろごろ過ごし、
夜には友人と会いに、広島市内へ行くつもり。
はからずも、敗戦の記念日だな。
少し回り道をして、お店に向かおうかと思う。

日時: 2007年08月15日 12:44 | パーマリンク | コメント (1)

2007年08月16日

毛糸を編む

%E6%AF%9B%E7%B3%B8%E5%86%99%E7%9C%9F.jpg

この春に退職した母は、生まれて初めての専業主婦というものが楽しくて仕方ないようで、35年も仕事に打ち込みまくっていたエネルギーを一気に家に向けているため、家中がすみずみまで光り輝いている!なんと極端な人だろうか。
なにやらアクリルの毛糸でタワシめいたものを作り、それで洗面台やらお風呂やらガラスやら磨いては、喜んでいるらしい。あんたにもあげようか、と言うので見せてもらったが、わたしの家に合うような色づかいやサイズのものがないので、さっき自分で編んでみた。
私はセーターでもスカートでもデザインを紙に描くことができないので、編みながら、縫いながら形をつくる(なのでできあがりはでたらめであることは言うまでもない)。このたびもその方式。自分の手のサイズに合わせてこんな風に折りたたんだ。あとうちの洗面台にひっかけるためのひもも付けた。
これはなかなか楽しいかも!30分もあればできあがるので、仕事の合間にでも編めそうなものであるが、東京ではかぎ針を動かそうなんて気分にはならないのが不思議である。

日時: 2007年08月16日 10:50 | パーマリンク | コメント (1)

2007年08月20日

日常に戻る

宍道湖のほとりで見逃した夕陽や、
松江城のフォルクローレや、
朝早くの神社のほとりや、
梅を赤ジソに包む農婦の厚い手や、
足を浸した日本海や、
生まれたての赤子の指や、
納屋に積まれる保存食の味や、
どこまでも続く山と田の道の
余韻をからだに携えたまま、帰り着いた途端。
東京の生活がおしよせる。
明日から大切な本の撮影なので、今日は少し緊張をして仕込み。
いつビールを飲もうか、とそれを楽しみにしながら。

日時: 2007年08月20日 22:21 | パーマリンク | コメント (0)

2007年08月26日

弔歌

一日が終わるとどうも頭蓋骨がつかれる。
目の奥がジンジンするのだ。
ふと気がついた。
パソコンのせいである。
私のi Bookは日に日に様態を悪化し、ついには画面全体が緑色になったり、あやしいキノコでも食べたのではと思われる視覚の混乱を引き起こすようになった。
ふう。
つかれるはずである。
そしてもっとも私が懸念することは、目の酷使は生理痛につながると言うことだ。
あなおそろしや。
さっさと、新しいコンピューターを買おう。
アップルのお兄さんも電話で、もうそれは直りませんと言っていたし。

というわけで、昨日電気屋さんへ行ってきた。
そうして新しい子を連れて帰ってきたけれど、私は自分でデータを移すことができない。
パソコン先生に来てもらうまで、もうしばし、瀕死のこの子の枕元にいるとする。

・・・
それにしてもこのマックとは、ずいぶん一緒に空を飛んだ(そのせいで壊れたのかも!)。
私の頭の中の具茶具茶も受け止めてくれたし、いろんな人への手紙もせっせと送ってくれたし、レシピの管理から、図書館にショッピングセンターに、とまあなんと働き者であったことよ。
昔は何十冊ものノートに書いていた言葉も、何十ものアルバムに収めていた写真も、すべてこの中に入っているとは。
もはや私はパソコン無しで生きることができない。
この2年、あなたがいなければ、
私は多くを形にすることができなかったよ。
どうか安らかに旅立たれんことを。

日時: 2007年08月26日 08:46 | パーマリンク | コメント (0)

2007年08月27日

エンゲルスのアイリッシュ・シチュー

 マルクスの娘たちが、当時はやっていた「告白」という質問遊びで、エンゲルス小父さんに「好きな料理」と「幸せなとき」をたずねた。小父さんの答えは、前者には「冷たいものならサラダ、温かいものならアイリッシュシチュー」、後者には「シャトーマルゴー1848年」であった。・・・『好きな料理』でアイリッシュシチューを挙げたのは、おそらくその内縁の妻メアリの作った素朴でつましい田舎料理が念頭にあったのだろう。これは羊肉に玉ねぎ、それに丸のままととろみ用の薄切りのジャガイモを、塩・こしょうで煮込んだだけのもので、普通のシチュー皿でなく、平皿にこんもりと盛り上げて供する。(高橋哲雄『東西食卓異聞』ミネルヴァ書房 p113-114)

 へえ!食べてみたい。「平皿にこんもりと盛り上げ」たアイリッシュシチュー。時間ができたらつくろっと、と思っていた。詳しくは実際に読んでいただきたいが、共産主義運動のカリスマとしてではなく、男としてのマルクスやエンゲルスの人間くささが、食べ物の周りにちりばめられた、よい文章であった(この本の後半は特に秀逸。おすすめです)。
 昨日予定が変更になり、少し時間を見つけたので、さっそくそのアイリッシュ・シチューを作ってみた。おいしそうな香り!ワインをあける(シャトー・マルゴーと言いたいところだけど安ワイン)。とろりとした玉ねぎと、旨みを吸ったほくほくのジャガイモ。ラムにはマスタードを塗った。
 ふだん好んで食べないじゃがいもを、ああ本当においしいなあと思うのは、こういうときである。私は、フランスの田舎料理ベッケオフを初めてたべた時の感動を思い出していた。そして同時に、子供の時分に祖母がよく作ってくれた、ジャガイモと玉ねぎの煮物の味も、彼女の声と共に思い出していた。
 洋の東西を問わず、この手の煮ものがもつ懐の深さ、というのはいったい何だろう。ジャガイモの力だろうか、それとも弱く長い火の包容か。以下は昨日作った方法。これを、アイリッシュシチューと呼んでよいどうか、実際のところよく分からないのだけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
玉ねぎを大まかな千切りにしてルクルーゼに入れ、オリーブオイルでむらしいためにする。その間、ラムにはハーブソルト(タイムとかマジョラムとか)をふっておく。ジャガイモは皮をむき、2つはとろみ用にうす切り、3つは1/2に大きく切る。玉ねぎがしんなりしてきたらジャガイモの薄切りの方を入れる。そしてまたむらしいためしている間に、フライパンにニンニクオイルを熱し、ラムを両面をしっかりとした焼き色が付くまで焼く。それをルクルーゼに移していく。すべて焼いたら余分な脂を拭き取って、そのフライパンで大きい方のジャガイモを炒める。うまみを吸わせるような感じで。その後冷蔵庫にあった白ワインでフライパンを洗い、すべてルクルーゼに。そう言えば、シチュウだったよな、と思いだし、すこしだけ冷蔵庫の水だし(昆布と干し椎茸)も加える。ローリエを一枚入れて、ふたをし、鍋ごと180度のオーブンに。30分ほどタイマーにして、二階に上がって本を読む。後はほったらかし。

日時: 2007年08月27日 07:35 | パーマリンク | コメント (0)

2007年08月30日

きものに試されるとき

久しぶりに、黒の細絽を着た。
20代の前半によく着ていたきものだ。ここ数年は明るい色を好むようになったので、こういう着物は押し入れの隅に追いやられていた。
それが昨日のお茶のお稽古で、先生の薄物がとても印象的だったので、わあすてきですねえ、と申し上げたら、
「今日はこんなお天気でしょう。雨の日は、夏オオシマ。」
と、恥ずかしそうにおっしゃった(その姿がまたすてきだった)。
雨の日に大島紬の深い深い泥の色。なんてかっこいいんだ!先生はいつも薄い色をお召しになる方だから、いきなりの黒が、特に新鮮だった。
それが心に残っていたのだろう。今日の天気が悪いせいもあって、私の手は迷うことなくこのたとう紙を選んだ。

久しぶりに昔着ていたものを着る、というのはどきどきするものだ。なんだか試されているみたいで。着物というものは、洋服と違って、形はすべて同じなのに、残酷なほど相手を選ぶ。「あなたはこのきものにふさわしい顔を作ってきたかどうか」と。
この細絽を買ったときのことは、よく覚えている。まだ着物を洋服の感覚で選んでいたから、モダンでいいなと思って手に取ったのだ。だけれど、今思えば、あのころの私にはこれはとうてい着こなせていなかったな。ただ単にモノトーンの洋服を着るのと同じような感覚で、袖を通して喜んでいただけで。
今だって、どうかとは思うけど、それでもあのころより、ちょっとはましだろう。

年を重ねるということは、豊かなことだ。

今は無理でも、いつか似合うようになりたい、と思うものと偶然にも出会えたら、少し背伸びをしてでも、そばに置いておくようにしている。だから押し入れの中にはいつも、もうそろそろこれはさよならかな、と思うものと、まだまだとても追いつかないもの、そして、今の私にはこれがちょうどぴったりだな、というものが混在している。
そのそれぞれをいとおしんだり、胸をきるように別れを告げたり、心を持ち上げられたりしながら、私は、
こういうことばを使うことは気恥ずかしいけれど、成長をしたい、と素直に思う。

日時: 2007年08月30日 14:26 | パーマリンク | コメント (0)

u

About 2007年08月

2007年08月にブログ「濱田美里の天才食堂:日記」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2007年07月です。

次のアーカイブは2007年09月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページやアーカイブページも見てください。

このブログのフィードを取得
[フィードとは]
Powered by
Movable Type 3.35